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シェアありきの体験になっていることへの寂しさ

 

「シェアありきの体験になっている」


最近読んだ本に書かれてたこと。これを読んだ瞬間、自分がここ数年抱いていたモヤモヤはこのことだったのかと認識した。

大学時代、名古屋城のスタッフとしてバイトしていた時に日本人、外国人問わず写真だけ撮ってその場を後にする観光客が多いことに気づいた。つまり、自分の目で見ずにカメラ越しに見て満足してしまうということだ。

旅行やお出かけのメインの目的は‟体験”することだと思う。そして、自分が体験して初めてなにかをシェアできると僕は考える。

ところが、最近の観光客は自分で体験することよりも他人にシェアすることの方に喜びを感じる人が多くなってると思う。その傾向はSNSの発達とともにますます顕著になってきている。

ただ、僕はその傾向が残念に感じる。せっかく目の前に素晴らしい光景があるのに、それを自分の目には焼き付けず、カメラにしか焼き付けないのだから。

そして、観光客が撮ることにしか興味を示さなくなると、観光スポット側もそっちにシフトせざるを得なくなる。つまり、観光客が自分でなにかを体験することをメインに考えるのではなく、観光客がどうやっていい写真を撮れるのかをメインに考えるということである。

写真を撮ることを否定はしない。むしろ、写真を撮って周りにどんどん発信してくれればそれを見た人間は足を運びたくなってくれるだろう。

ただ1つだけ。自分の目でもしっかりみて体験してほしいということなのである。

カメラで撮れば確かに後から何度も見返せるけど、自分の目でしっかりと見て脳に焼き付けたものはものは写真以上にずっと忘れることのできないものに絶対なるから!