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‟意識高い系”なんて目指さなくていいから‟能力高い系”を目指せ

ビジネス街5番地

 

TwitterFacebookを見ていると、就活生のつぶやきで‟意識高い系”という言葉がよく目に入る。

 

自分が就活をしていた時も、この言葉を目にする機会は多かったが今でもこの言葉には違和感を覚えている。

 

そもそも、‟意識高い系”って何なんだろう?

 

就活で言えば、就活に対する意識が高い人を指す。つまり、就活に対して熱心に準備し、説明会では積極的にメモを取り質問し、面接では面接官の望む回答をする。こういったタイプの就活生を意識が高い就活生と呼ぶのだろう。

 

しかし、これらの行動は単に外面をよく見せてるだけのものだと思ってしまう。

 

就活における意識高い系とは、要は企業に対して自分はこれだけ真剣なんですよ、この会社にこれだけ入りたいんですよというアピールが大きい人のことを指すのだと思う。

 

僕はそういったタイプの人間を否定しない。志望企業に入るという目的のために外面をよくするという行為は1つの戦略である。

 

僕が気になるのは、そういった意識高い系に無理になろうとする人である。

 

よく見かけるSNSのつぶやきに「○○さんのような意識高い系にならないとダメだ」とか「もっと意識高くならないといけない」という趣旨のものが多い。

 

しかし、就活は外面の良し悪しだけでは決まらない。

 

説明会で熱心にメモをとり質問し、面接で面接官が望む回答をしたからといってそれが必ずしも内定に結び付くかというとそうではない。

 

大切なのは‟能力”だ!

 

就活とは外面の良さを見せる場ではなく、‟能力”を見せる場である。

 

ここでいう能力とは、考える能力や書く能力、話す能力のことだ。

 

その能力を測るために企業側はESや作文などで書く能力を測り、プレゼンや面接で話す能力を測り、作文や面接でちょっと変わった問題を出して考える能力を測るのである。

 

これらの能力は外面なんかよりももっと重要でかつ、一朝一夕では身につかないものである。

 

大学4年間あるいは大学4年間を含めた20年間の人生で身につけた能力の方が外面のよさなんかよりも社会人になってからはるかに役に立つのである

 

意識高い系、つまり外面の良さなんてその場でどうにでもこしらえることができる。

逆にいえば、それだけボロがでる可能性も高くなるということである。

 

そんな高いリスクを背負ってまで外面をよくする必要はない。多少、外面が悪くても能力で補うことは可能である。

 

 

では、どうやってこれらの能力を身につければいいのか。

 

僕はその答えは‟読書”だと考える。

 

僕は幼い時から両親の影響で本を読むのが大好きで、大学在学中もいろいろな種類の本を読んだ。

 

そして、このことが就活で最も役に立ったのである。

 

就活で箱根にある老舗旅館の面接を受けた時のことである。

 

面接では総支配人と女将の2人と僕で行われ、ツーリズムから外国語、マーケティング、経済までいろいろな質問をされた。

 

しかし、これらのジャンルの本を何冊も読んでいた知識があった僕は瞬時に考え、答えることができたのである。

 

その結果、この企業から内定をもらうことができた。

 

ちなみに、僕は礼儀やマナーはもちろんわきまえているが、外面はお世辞にもいいとはいえない就活生であった。

 

 

まとめ

 

意識なんて高い系を目指す前に能力高い系を目指すべきである。

 

なぜなら、能力高い系になったあとに意識高い系になどいくらでもなれるからだ。

 

一方、その逆は難しい。なぜなら、能力高い系にはすぐにはなれないからである。

 

僕は能力高い系になる一番の方法は読書と書いたが、読書がすべてではない。

 

たとえば、‟体験”も方法の1つだと思う。

 

様々なことを体験し、実体験から得たことから考え披露すればより自分の発言に説得力が出る。

 

僕には様々なことを体験する時間とお金がなかったので読書をしてたわけだが、実体験から得た知識は読書から得た知識よりもはるかに貴重である。

 

最後に、もう1度だけ書きたい。

 

意識高い系”なんて目指さなくていいから、‟能力高い系”を目指せ