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フランスが抱える自由と責任のジレンマ ②

若者が語る国際政治学院

 

 

新聞社へのテロが起こった翌日、私は大学でフランス人の教授とこのことについて意見を交わした。私は「テロは絶対に許せない行為だが、新聞社にも落ち度はある。他人が傷つくような侮辱的な風刺画は掲載するべきではない」といった。

 

すると彼女は、「表現の自由だ。どんな表現をしようと表現者の勝手だ。嫌な人はその風刺画を見なければいい」と主張した。つまり、彼女にとっては表現の自由が最も重要で他者への配慮は二の次なのである。

 

私は驚かなかった。これがフランス人の考え方だと知っていたからだ。自分が1番で他者はその次。それが本来の人間の姿であるから、フランス人は人間の本来の姿に忠実に従って生きているといえる。

 

私はフランス国民がテロという手段で自身の主張を訴えようとしたことに対して怒るのは当然だが、新聞社が被害を受けたことに怒ったり、風刺画を正当化する行為には納得いかない。

 

彼らは表現の自由を行使し、過激で侮辱的な風刺画を掲載した。その風刺画はイスラム教徒に不快感や怒りを与えた。その結果、イスラム教徒が新聞社を襲撃し、彼らは表現の自由を行使した責任をとったのである。

 

テロという行為は行き過ぎであるし断じて許されるものではないが、この一連の流れは自由と責任の関係を考えれば当然のことである。

 

自由があるからといって他人を傷つけていいとは限らない。むしろ、自由だからこそ、自身の行為・行動に最新の注意を払わなければならない。フランス人の新聞社襲撃事件へのリアクションを見るとその部分が抜け落ちているように感じられた。自由だけを追い求め、責任は取らない。

 

それは伝統的なフランスの姿勢である。<続く>

 

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