ハンガリーから発信中

世の中はおもしろい出来事であふれている

英語は万能ではない!!!

 

 

先日、訳あってブダペストのケータイショップに行き手続きをした。

 

対応してくれたのはハンガリー人の30代くらいの女性だったのだが、英語が話せないようでショップ内に英語を話せるスタッフは1人。そして、そのスタッフは他の客の対応中。

 

僕のハンガリー語はA1~A2レベルだから当然ケータイの手続きといった複雑なことはできないのでそのスタッフを待って対応してもらった。

 

その時改めて「英語を万能な言語だと思うべきではない」と感じた。

 

 

英語=どこでも通じる万能言語?

 

海外旅行によく行く人はこの意味がわかるのではないだろうか?


英語は現在世界の共通語だ。


世界中の学校で英語は教えられ、ビジネスの場面でも英語は必須になっており、日本でも積極的に英語を勉強する人の数は年々増えている。


英語ができると世界中どこへでも行ける、世界中の人とコミュニケーションが取れるようになるなどと考える人も多いのではないだろうか?


僕はこれを“英語万能説”と呼んでいて、非常に危険視している。


というのも、ケータイショップでの件でもわかる通り、英語は万能ではないからだ。

 

 

‟英語万能説”はなぜ危険か?



確かに、英語は世界共通語で、今日世界中のビジネスの場で必要不可欠になっているし、英語を話せる人の割合も増えている。



しかしながら、英語が話せない人、特に今の3.40代以上の人は話せない人が多い。


ところが、日本人の多くは英語が話されば大丈夫だと勘違いし、英語圏ではない国に旅行するときにも英語だけでその国を旅行しようとする、これは危険だ。


たとえば、チェコに旅行したとき、僕はチェコ語を少し勉強してから行った。

勉強といっても文法などをやるのではなく、簡単なあいさつやお礼の言い方などを覚えてから行く。

なぜそんなことをするのか?

それは、チェコ人との心の距離を縮めるためだ。


たとえば、道を尋ねたい場合、

“Hello Excuse me ~~~” と言って近寄るのと

チェコ語であいさつして近寄るのとではどちらのほうが相手からの受けはいいだろうか?


日本語に置き換えると分かりやすいかもしれない。



突然、外国人に英語で近寄ってこられるのと

“あの、すみません、道を聞きたいのですが、”

と片言でも日本語で近寄ってこられるのとではどちらのほうが心を開くようになるだろうか?



きっと多くの人が外国人が自分の国の言葉を話しているのを見ると、親近感や幸福感などポジティブな感情を抱くはず。そうすると、たとえば問題が起きたときに多くの人が助けてくれる。


ところが、英語を万能だと信じ、英語が通じないとき、英語を話せない相手を責めてしまうようになる。


これは相手との心の距離を広げることになるだろう。


大切なのは、あなたの国の文化、言語、習慣を尊敬していますよ、という姿勢を見せることだ。



また、観光地には英語の案内などもあるが、地方だと案外英語の案内はない。


そんな時も英語万能説は崩れ去ってしまう。


ケータイショップの件は旅行とはまた違うし、僕は基本的なハンガリー語は習得している。しかし、どこかでハンガリー語が話せなくても英語が話せるから大丈夫だと思っていたのは事実だ。

 

その時は英語のスタッフが1人いたからよかったもののいなければ手続きはできていなかった。そういうことも想定して、たとえば手続きに必要だと思うハンガリー語の単語や文章をいくつか調べておいてメモしておくなど英語が通用しないときの準備をしておくべきだったと後悔している。

 

英語が話せる人と話せない人がそれを知らずにコミュニケーションをとろうとし、それを知った途端、会話は止まってしまいお互いどうすればいいかわからなくなってしまう。そんな時、相手の母国語を片言でもいいから話してみると相手も安心し心を開いてくれるようになる。

 

英語が話せるから偉いというわけではない。

 

英語でコミュニケーションをとれないときにどんな対応をするのか、それが最も大切なのである。

お知らせ

 

メルマガ『世界から発信中』始めました!

ブログの右にあるリンクから登録できます。

 

ブログでは書けなかったハンガリー生活の裏話や小話、語学、時事ニュース、旅、恋愛などなどブログ以上にぶっちゃけて書いています!

 

ぜひ登録よろしくお願いします。