ハンガリーから発信中

世の中はおもしろい出来事であふれている

カップル間の「信用」なんてものはゴキブリと同じくらい不必要なものでしかない

 

よくカップル間で「あなたのこと信用してるから」とか「私のことを信じて」というやり取りがあると思うが、僕はこういったやり取りが好きではない。

 

先日、フランス人の女友達とチャットをしているときに、彼氏が女友達と1対1で会うことになったら止めるかどうかという話になった。その時彼女は「彼のことを信頼してるから止めはしない。もちろん嫉妬はちょっとするけど」と言っていた。

 

無論、この場面での信頼とは彼氏がその女友達に対して浮気をしないことへのしんらいである。

 

そういえば以前、日本とフランスにおける男女間の付き合い方の違いという記事を書いたが、

 

japangary.hatenablog.com

 

自分のパートナーが異性の友人とサシで会うときに嫉妬をするのは万国共通のようだ。

 

話を戻すが、なぜ僕が「信頼している」という言葉が好きではないかというと①人間は誰しもが最終的には自分が1番の幸せが大切だから、②人間は誰しもが欲望に弱い生き物だからという2つの理由からである。

 

彼女の例でいえば、彼氏は女友達とただおしゃべりをして別れるだけかもしれないし、もしかしたらその子の誘惑に負けて一線を超えてしまう場合もあるかもしれない。一方で、彼女は「信用」という実体のないものをただ抱えて待つしかないのだ。

 

信用なんてものはこれだけ長く付き合ってきて相手をよく知ってるから相手は絶対こんなことはしないだろうという単なる予測にしか過ぎない。要するに、信用していたものが絶対に壊れないという確約はない。それは互いの努力によって成り立っているからだ。

 

そして、その信頼は誰もが知っている通り簡単に壊れる。そして、壊された側は「信じてたのに」というセリフとともに心に大きな傷を負う。

 

それだったら最初から相手を信用しなければいい。

相手が異性の友人とサシで会う際は「きっとこいつは浮気をする」とあらかじめ思っておけばいい。そして、もしも浮気されればやっぱりそういう人だったんだなと心に余裕ができる。

 

結局、どんなに長く付き合っても、結婚しても他人は他人。他人が思っていることなど100%わかるわけない。表面では笑っていても心の中ではとんでもないことを考えているかもしれないし、ある日ころっと誘惑に負けてしまう場合もある。

 

だから、カップル間の「信用」なんてものはゴキブリと同じくらい無意味で不必要なものなのでしかない。

 

★海外就活 虎の巻の第2弾発売!!★

第1弾に続き、ハンガリーの別のグローバルIT企業での就活について綴りました!

どうやってオファーを見つけたのか、面接や試験でなにを聞かれたのか、結果はどうだったのか赤裸々に書いています!

海外就活希望者は必読の1冊!

note.mu

 

★noteやってます★

noteやってます!

『フランス留学記』を連載してます。

最新話「フランスの大学の授業は日本とはかなり異なる?」(8月16日更新)

note.mu