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世界史

フランスの歴史⑧ 百年戦争とイタリア戦争

カペー朝の終焉と百年戦争の勃発 フィリップ4世下で王権と領土の強化に成功したフランス王国ですが、彼の死後は短命な王様が続き、第15代のシャルル4世が死去すると息子がおらず兄弟もすでに死去しており後継ぎがいなかったためカペー朝は断絶しました。フ…

バルボアと太平洋到達

1942年10月12日、コロンブスはバハマ諸島グァナハニ島に到達、10月28日にはキューバ島到着、12月6日 イスパニョーラ島にたどり着いた。(コロンブス本人は最後まで自分はインドに到達したと勘違いしていた) 土着民から奪い取ったり、交換したわずかばかりの金…

フランスの歴史⑦ ローマ教皇とフランス

アナーニ事件 この時代のヨーロッパでは相変わらずローマ教皇の権力が最強でした。 背景にはキリスト教がヨーロッパに完全に浸透し、ほとんどの人がキリスト教を信仰していたことがあります。 ローマ教皇の権力は王よりも強大です。 それに対し、フランス王…

フランスの歴史⑥ 十字軍の誕生

十字軍の始まり 11世紀になるとヨーロッパでは十字軍運動が始まります。 十字軍とはイスラーム勢力からキリスト教の聖地エルサレムを守る運動のことです。 この頃、イスラーム教国家のセルジューク帝国の侵攻に悩まされていた東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の皇…

フランスの歴史⑤ パリの発展とイングランド王国との関係

フランク王国の分裂とフランス王国の始まり 814年にカール1世が亡くなると、その後継ぎをめぐって彼の子息たちが争い始めました。 孫のロタール1世、ルートヴィヒ2世そしてシャルル2世は841年に戦い(フォントノワの戦い)、帝国を均等に3分割すると…

フランスの歴史④ カール1世の時代におけるカロリング朝の最盛期

ローマ帝国の東西分裂によるキリスト教会の分裂 395年にローマ帝国は西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂すると、ローマにあったローマ教会は西ローマ帝国を、コンスタンティノープルにあったコンスタンティノープル教会は東ローマ帝国をそれぞれ保護国としま…

フランスの歴史③ キリスト教の成立とその影響力

キリスト教とは中世ヨーロッパでどんな存在だったのか? カロリング朝成立後のヨーロッパの歴史をみるまえに、キリスト教について少し学んでおきましょう。というのも、キリスト教は昔も今もヨーロッパの歴史を学ぶ上で非常に重要なポイントの1つです。これ…

フランスの歴史② フランク王国の誕生

西ローマ帝国の滅亡とフランク王国の誕生 ローマ帝国の東西分裂のきっかけの1つともなった西ゴート人たちはローマ帝国が東西分裂したあとも西ローマ帝国にたびたび侵攻しました。 418年には西ローマ帝国の南ガリアに侵攻すると、そこを支配し西ゴート王国を…

フランスの歴史① ガリア

最初からフランスという国があったわけではない! 最初から今日のような花の都パリを首都とし、美食やファッションの中心として知られるフランスという国があったわけではありません。また、フランス人という民族も最初はいませんでした。 紀元前60年(紀元…

日本はなぜアメリカと戦争したのか?

対米戦争の原因としてよく挙げられるのがアメリカから受け入れるのが無理な難題を突き付けられたハルノートやアメリカ、イギリス、中華民国、オランダが行ったABCDラインによる経済制裁、あるいは東條英機による決定などだが、これらはあくまでも対米戦…

マクロン大統領はフランスに光を取り戻せるか?~フランスが抱える自由と責任のジレンマ~Ⅵ

移民を受け入れ続けてきたことによりフランス人と移民との間で様々な問題が起こっている。まず、移民の人々がフランス社会になじめない問題である。それを解決するためにフランス政府は移民に対して社会同化政策を長年行った。 社会同化政策とは、移民がフラ…

マクロン大統領はフランスに光を取り戻せるか?~フランスが抱える自由と責任のジレンマ~Ⅴ

自由と並んでフランスを語るときに欠かせないのが“移民”である。フランスは自由国家であると同時に移民国家とも呼ばれる。 確かに、フランスには様々な国からの移民が生活している。フランスの生産人口(15歳以上から65歳未満)の約10%が移民だという…

マクロン大統領はフランスに光を取り戻せるか?~フランスが抱える自由と責任のジレンマ~Ⅳ

フランス革命から革命後の混乱はフランスだけに特質するものではない。中東でも同じことが起こった。いわゆる、アラブの春である。 アラブの春とは、2010年チュニジアで起こったジャスミン革命を発端に中東、アフリカで次々と革命が起こった一連の流れの…

マクロン大統領はフランスに光を取り戻せるか?~フランスが抱える自由と責任のジレンマ~Ⅲ

フランスは絶対王政の国であった。王の命令には絶対に従わなければならず、自由なんてものはなかった。それに業を煮やしたフランス国民たちが国王をギロチン台に送り、処刑した。フランス革命である。 そして、国民の自由を謳った“人間と市民の権利の宣言”、…

マクロン大統領はフランスに光を取り戻せるか?~フランスが抱える自由と責任のジレンマ~Ⅱ

新聞社へのテロが起こった翌日、私は大学でフランス人の教授とこのことについて意見を交わした。私は「テロは絶対に許せない行為だが、新聞社にも落ち度はある。他人が傷つくような侮辱的な風刺画は掲載するべきではない」といった。 すると彼女は、「表現の…

マクロン大統領はフランスに光を取り戻せるか?~フランスが抱える自由と責任のジレンマ~Ⅰ

2015年という年はフランスにとって1つのターニングポイントになった年であった。フランス国内でテロが起こったのである。 パリの新聞社が襲撃されたテロとパリの複数の場所で同時に銃撃が起こった同時多発テロは日本でも報道されたので知っている日本人も多…