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著名な心理学者たちが絶賛!人生の全てを価値観の研究に捧げた著者が書いた『人生で価値観は3度変わる』

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『人生で価値観は3度変わる』

著:スコット・レイリー 訳:沖仲神威

西洋革命出版 2018年6月出版 

 

人生の全てを価値観の研究に捧げるフランス人心理学者のスコット・レイリーの最新作がついに翻訳出版された。

前作『価値観革命 価値観を強制的に変える方法』は世界中で大ベストセラーとなったが今作も発売されまだ間もないが大きな注目を集めている。

 

そもそも価値観とは何なのか

本書ではまず我々が普段何気なく使っている「価値観」という言葉の意味について考え直すところから始まっている。

 

「価値観」とは「自分がなにをもっとも大切あるいは重視しているかの考え方」のことで、例えば「お金=全て」と考えている人は「お金は人生において最も重要なものである」という価値観を持っているということができる。

 

「価値観の違い」というのは個々人が何を最も重視しているかの違いで、例えば、お金が最も大切だと思う人もいれば愛が全てという人もいるということである。

 

価値観はどう形成されるか

その価値観は一般的には長い時間をかけて形成される。

 

例えば、幼少期に万引きを繰り返す親のもとで過ごせば「自分がほしいものは盗めばいい」という価値観が徐々に生まれ、その子が大人になったときにその価値観は完全に成立する。

 

しかしながら、時折新しい価値観が瞬時に形成されることもあるという。それは衝撃的な体験をしたときだ。

 

例えば、今まで「お金は全て」という考えだった人の最も愛する人が亡くなったときに愛の重要さを知り「愛が全て」という価値観に変わる、あるいはその価値観も同時に手にする。

これら2つの考え方が今日の価値観研究では主流であった。

 

主流に異を唱える著者

しかしながら、著者はこれらの考え方に異を唱えている。

 

著者曰く「価値観とは同じ体験の繰り返しで形成される」とのことで、時間の長さは関係ないという。同じ体験を短期間に何度もすれば短期間に価値観は形成されうるとしている。

 

また、1回の経験で価値観が変わることはないとも主張している。例えば、海外旅行を初めてした際に新しい文化や考えに触れ、「価値観が変わった」という人がいるがそれは勘違いで、単に新しい経験に感動しているだけだと著者は語る。一方で、その新しい経験や体験が自身の価値観の形成に影響を与えることはあるが、1回きりの経験では微々たる影響でしかないようである。

 

価値観は人生で3度変わる

同じ体験の繰り返しによって生まれる価値観は人生で3度変わると著者は述べている。しかしながら、いつ変わるのかは人それぞれで予想はできないという。子供でも大人でも新しい体験や経験を何度もすれば新しい価値観が生まれる。

 

大人は子供に比べ新しいことに遭遇する機会が減るので大人になると価値観の変化の機会はないのではないかと思ったがそうではないようで、子供のときにすでに経験したものであっても大人になり再度経験し、それが何度も起こると新しい価値観が形成されるようである。

 

レビュー ★★★★☆

「価値観」は人生において重要なものだと思う。自分がどのような価値観を持つかで人間関係も変わるし、仕事やプライベートも変わってくる。そんな価値観についてわかりやすくかつ明快に書かれていて非常に読みやすかった。

 

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最新話「留学は人生の通過点でしかない」(7月30日更新)

オンデーズがオランダから撤退した理由を考えてみた

 

オンデーズというメガネチェーン店を運営する株式会社オンデーズが注目を集めている。

 

破天荒フェニックス オンデーズ再生物語  (NewsPicks Book)

破天荒フェニックス オンデーズ再生物語 (NewsPicks Book)

 

 

もともとメガネ業界では注目を集めていた企業のようだが、昨年出たこの本によりメガネに普段は関心のない人も含め多くの人がオンデーズを知るようになった。僕もこの本でオンデーズを知った。

 

本が面白かったこともあり、オンデーズに興味を持った僕は調べてみると、本ではアジアの様々な国に出店したことが書かれていたが、ヨーロッパやオセアニアにも出店していることがわかった。

 

現在、ヨーロッパに住んでいる僕はヨーロッパでの起業に興味があったのでオランダに出店しているオンデーズがどのような経営戦略をとっているのかなど知りたくなり、調べたが情報はほとんどなかった。そこで、オンデーズオランダに直接メールを送ったが残念ながら返信はなかった。

 

新しい年を迎え、再びオンデーズのサイトを開くと衝撃の事実を知ることになった。なんとオンデーズがオランダから撤退していたのだった。

 

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僕は撤退の理由を調べようとしたがオンデーズのサイトからは発見できず、ネットのニュースにもなっていなかった。そこでオンデーズの田中社長のTwitterのツイートにリプを送ったが、いいねされただけで返信はなかった。また、オンデーズのサイトのチャットから撤退の理由を聞こうとしたが、答えられないといわれた。

 

要するに、オンデーズがオランダから撤退した理由は一切公表もされていなければ漏れてもいないということである。そこで、僕がオンデーズのオランダ撤退の理由を考えてみることにした。

 

1、身体の構造の違い問題?

www.multilingirl.com

 

アジア人とヨーロッパ人では骨格など身体の構造に違いがある。

長年、日本のアパレル企業が海外では成功できなかった理由がここにある。ユニクロはこの身体の構造の違い問題を克服してヨーロッパで成功しているが、ユニクロ以外で海外で成功している日本のアパレルブランドは皆無だろう。

 

顔の作りも同じで、アジア人とヨーロッパ人の顔のつくりは異なる。オンデーズがアジアで成功できたのは日本人と他のアジアの国のひとたちの顔のつくりが比較的にているから日本のメガネがフィットし、ヒットしたと思う。

 

他方で、アジア人とヨーロッパ人の顔の作りは大きく異なるので日本のメガネはそれをヨーロッパの人用に改良したとしてもあまりフィットしなかったのではないだろうか。

 

2、サービスの問題?

 

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オンデーズがオランダに出店した際に示した事業展開のプランである。

日本のオンデーズと同じ質の高いサービスを提供している。

 

僕は以前、ハンガリーでメガネを買った。

japangary.hatenablog.com

 

レンズ代は追加で取られ、引渡しも1週間後だった。

また、種類もあまり多くなかった。

なので、これらのサービスはオランダでも大きな注目を集めたことだろう。

 

ただ、人間というのは初めて経験するものには恐怖心や抵抗感を抱く。例えば、最短20分で引渡しというサービスが「20分で引渡しなんて、きっと適当に作ってるに違いない」など抵抗感から勘違いされてしまう可能性もある。

 

オンデーズのヨーロッパではあまりなじみのないサービスの数々が先を行き過ぎていて逆に客足を遠ざけてしまった可能性はある。

 

 3、会社の方針転換?

現在、日本はもちろんアジアを中心に海外にも多くの店舗を出店しているオンデーズ

田中社長はインタビューで「今後、5年間で海外の店舗数を300店舗にしたい」と語っている。

www.digima-japan.com

 

しかしながら、店舗の場所をあまりに広げすぎてしまうと手が回らなくなってしまう。田中社長が直接現地の店舗に行き、指導したり経営状態を見る機会も減ってしまうだろう。

そこで、海外店舗を増やすとはいうものの、それは全世界という意味ではなく近場であるアジアやオセアニアの国にさらに店舗を増やすという意味ではないだろうか。

 

アジアやオセアニアに店舗を増やすとなるとオランダの店舗まで手が回らなくなってしまうので敢えて店をたたんだ可能性もある。

 

4、不動産業者との関係?

以前、ハンガリーには日本人が経営するカラオケ店があった。

しかし、場所を貸してくれていた大家さんとの関係が悪く、また再三家賃の値上げを要求されていて、やむなく撤退したという話を聞いた。

 

オンデーズオランダも同様に経営はうまくいっていたが、店舗を貸していた人との関係が悪くなり撤退せざるを得なかった可能性はある。

 

以上の4点が僕が考えたオンデーズのオランダ撤退の理由である。

 

追記)

この記事を書いた後になんと田中社長本人から返信をいただけた。

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1、ヨーロッパ仕様に商品を作り直すことに対してコストがかかりすぎる

2、メガネに対するとらえ方の違い

3、拡大路線の変更

 

ということで1と3は僕が挙げた理由の1と3とほぼ同じだった。

メガネに対する認識の違いも実は考えたが、オランダにも少なからずおしゃれなメガネがあったので理由から外してしまった。

 

 

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最新話「留学は人生の通過点でしかない」(7月30日更新)

 
 
 

なぜ中島翔哉選手はカタールに移籍したのか?

 

現日本代表の背番号10番中島翔哉選手がカタールのクラブ「アル・ドゥハイルSC」に移籍した。

 

ポルトガル1部リーグのポルティモネンセで活躍していた彼のもとにはポルトガルリーグのポルトベンフィカスポルティングイングランドプレミアリーグのウルブスやマンチェスターユナイテッド、フランスリーグアンパリ・サンジェルマンなどの名だたるチームが獲得に興味を示していたという。

 

しかし、ポルティモネンセが中島選手の移籍金を高く設定しすぎたため実際にオファーを出したヨーロッパのクラブは存在せず、最終的にカタールのクラブに移籍した。

 

なぜカタールなのだろうか?

 

「大金に目がくらんだ」とか「次のワールドカップカタールだから今のうちから適応しておくため」といった噂から「このカタールのクラブとパリ・サンジェルマンのクラブのオーナーが同じだから夏にカタールからレンタルしてFPPをかいくぐるため」といった憶測まで様々な意見が交わされた。

 

しかしどれも単なる噂レベルの話でしかなかった。

 

そんな中、中島選手が移籍の理由をブログに書いた。

ameblo.jp

 

個人的に重要だと思ったのは以下の3つ。

 

1、

「今回カタールのアル・ドゥハイルへ移籍することはポルティモネンセ代理人が決めたことではなく、自分の意思で決めました」

 
2、
「僕はCL等の大会自体には大きなこだわりはありません。もちろん小さい頃から夢見てきた舞台ではありますが、それよりもポルティモネンセやアル・ドゥハイルのように自分に合っていることや自分自身が魅力を感じるようなチームでプレーすることのほうがより重要だと思っています」
 
3、
「移籍を決めるまでに実際にカタールへ2度訪れ、チームのサッカースタイルと監督の考え、そしてカタールの雰囲気や環境などを肌で感じてきました。サッカーの面ではもちろんとても楽しそうだと思いましたし、カタールでも僕の奥さんとわんちゃんたちと不安なく幸せに楽しく暮らせると確信しています」
 
 
中島選手は様々なインタビューで「楽しくサッカーをする」という趣旨の発言を常にしている。そして、「楽しくサッカーをする」というのはCLに出られるような強豪チームに移籍してプレーすることとは必ずしもイコールにはならない。仮に、中島選手が強豪チームに移籍してもそこで試合に出られなければ意味がないし、仮に出られたとしても自身が望むようなポジションでプレーさせてもらえなかったり、プレースタイルを許されなければ「楽しくサッカーをする」とはいえないのだろう。
 
また、同時に「奥さんと幸せに生活する」という趣旨の発言もよくしている。つまり、中島選手にとって自分の奥さんは自身のサッカー選手生命と同じかそれ以上に重要なものなのだろう。
 
そして、カタールのクラブの練習環境やかつてモウリーニョ監督の右腕だったルイ・ファリア監督の存在もプラスになったのだろう。
 
そういった点を全て総合して考えた結果、今回のカタール移籍にいたったと思う。
 
ヨーロッパの強豪クラブに移籍し、CLでプレーする中島選手も見てみたかったが、彼がした決断なのでもちろん尊重したいし、応援したい。また、カタールに移籍したからといって必ずしもヨーロッパに戻れないと決まったわけでもない。
 
これからの中島選手の活躍に期待したい。
 

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サッカー選手の語学力解体新書Ⅰ クリスティアーノ・ロナウド

選手のプロフィール

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ポルトガル出身。

ポルトガルリスボンのクラブ、スポルティングリスボンでプレイ後、イングランドの名門マンチェスターユナイテッドに移籍。2003年から9年までプレイ。

2009年からスペインの名門レアル・マドリードに移籍し18年までプレイ。2018年からイタリアの名門ユベントスでプレイしている。

 

www.youtube.com

 

今回は、2018年10月23日に行われたチャンピオンズリーグマンチェスターユナイテッドvsユベントスのプレスカンファレンスの映像からロナウドの語学力を分析したいと思います。

 

まず、最初の質問(1分14秒)は英語の質問です。

このときロナウドは通訳を聴くためのヘッドフォンをつけており、質問を聞いた後、英語で答えています。

 

ロナウドマンチェスターユナイテッドで7年間プレイしているのでそのときに英語を完全に習得したと思われます。

 

www.youtube.com

 

ユナイテッド時代のインタビュー動画では通訳なしで英語の質問を理解していたので聞き取りも問題ないと思います。このインタビューで通訳を使ったのはおそらく長らくイギリス英語を聞いていなかったから発音に慣れていなかったか、質問をしっかりと理解するためだと考えられます。

 

また、会見ではスペイン語での質問もありましたが、ロナウドは通訳なしで質問に答え、スペイン語で答えています。

ロナウドは10年間レアルでプレイしているのでそのときにスペイン語は完璧に習得したと思います。また、母国語のポルトガル語スペイン語とおなじ語族に属し、非常に似ているので習得するのは容易だと考えられます。

 

3分53秒からの質問はイタリア語で行われていますが、ロナウドは通訳なしでこれを理解しています。

ちなみに質問は

 

"voglio chiederti qualcosa sulla partita di domani che gara ti aspetti che Manchester indagin sarà secondo te è che Juventus arriva a questa gara"

というもので、ざっくり訳すと「明日の試合についてどう予想するか」と聞いています。

 

それに対してロナウド

"It will be a difficult game....."

(難しい試合になるだろう。マンチェスターユナイテッドはいいチームだし...)と英語でしっかりと質問に答えています。

 

この質問をスペイン語に直すと

"Quiero preguntarte algo sobre el partido de mañana, esa carrera que esperas que Manchester investigará según tú es que la Juventus viene a esta carrera"

となります。

 

スペイン語とイタリア語は同じ語族に属し、文法や単語が似ているので通訳なしでもある程度は理解できるのだと思います。ただ、リスニングはできても巣ピーキングはできないようで英語で答えています。

 

ちなみに、6分14秒からのイタリア語の質問は速くて聞き取れなかったようでそのことを伝え、隣にいる通訳から聞いていました。

 

なので、短く適度なスピードのイタリア語は理解できるが、長くて速いと難しいようです。

 

以上がロナウドの語学力解体新書でした。

 

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欧州バックパックの旅⑱ それでもやっぱりモンサンミッシェルはすごかった

 

モンサンミッシェルの中には小さな庭園もある。
そこに咲く一輪の白い花が印象的だった。




そしていよいよ修道院へ。

最上階に到着し、チケットカウンターでチケットを購入し入場。
ちなみに、最上階の一角はチケットセンターやお土産ショップがある。







修道院の中はこういった窓から光が差し込み明るく広々とした場所から





窓もなく暗くて狭い場所まであった。


窓から差し込む光が神々しくきれいだった。





修道院の見学も終わり、腹ごしらいへ。

モンサンミッシェルの中にはいろいろなレストランがあるが、最も有名なのはマダムプレールのオムレツ店だろう。
日本でも何度もTVや雑誌で取り上げられている。

3300円もするジャンボオムレツが人気である。






ただ、残念ながら行った日は日本人観光客の団体で満席になっていた。

そういえばモンサンミッシェルで一番多い観光客が日本人だとお土産屋さんの人から聞いてびっくりした。

なので、お店の中には日本語の表記があったり、片言の日本語を話す店員さんが多い。


恐るべしモンサンミッシェルの日本人気である。

ちなみに、フランス人からは人気がなく、行ったことがないというフランス人は多い。



結局モンサンミッシェル内のほかのレストランに入ることに。

ここで安いフルコースを注文。

これがとてもおいしかった。








前菜のサラダからメインディッシュのお肉、そしてデザートまで。
これで2000円以下なのだから素晴らしいコスパである。

おなかもいっぱいになったので、モンサンミッシェルを後にし次の目的地へ。

これからスペインに向けて南下していく。


ちなみに、晴れていればモンサンミッシェルはこんなにきれいである。

 

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えらてんさんの『しょぼい起業で生きていく』から学ぶ新規事業の宣伝方法

 

えらてんさんの『しょぼい起業で生きていく』を読みました。

 

しょぼい起業で生きていく

しょぼい起業で生きていく

 

 

どの章の内容も非常に興味深かったですが、とりわけ自分にとっておもしろかったのは広告について書かれていた章でした。

 

japangary.hatenablog.com

 

で書きましたが、僕は様々な副業をしてきました。

 

しかし、失敗したものがほとんどで収益化できてるものはあるものの収益は微々たるものです。

 

僕は失敗の原因は宣伝にあると思います。

 

どんなにいいものやサービスをつくってもそれが認知されなければ意味がありません。今までFacebookの広告サービスやTwitter、ブログなどを使って宣伝してきましたが、大して効果はありませんでした。なので、僕はつねに効果的な宣伝方法とはなにかをずっと考えていました。

 

そんなときにこの本を読み、ついにその応えにたどり着きました。

 

それが「口コミ」です。

 

えらてんさんは本の中で「人から人への口コミこそもっとも望ましし広告だ」と書かれています。

 

言われると確かにそうだと思いますし、その経験もあります。

 

ブダペストには日本人の美容師の方が1人いますが、その方はパソコンやネットに疎いらしく、今までネットで自身の宣伝をされたことがなかったそうです。

 

しかし、僕が初めて髪の毛を切ってもらい

japangary.hatenablog.com

という記事を書いたところ、これが多くの方に読まれ今では予約なしではまずきってもらえず、予約も取るのが難しいほど大人気の美容師さんになりました。

 

これこそが口コミの効果です。

 

僕のブログを読んで行った人がその人の知り合いに紹介するケースもあるでしょう。

 

口コミは無料だけれど最も効果的な宣伝方法です。

 

ただし、最初の口コミをしてもらうことが大きな壁だとも同時に感じました。

 

人はどんなときに口コミをしたくなるのか。

 

例えば、大特価のものが売っていた、すごくおいしかった、いい経験ができたなど基準よりも上のものに出会ったときに口コミをすると思います。そして、その逆も然りです。

 

なので、次の自分のステップはポジティブな口コミをしたくなるようなサービスづくりだと感じました。

 

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日本はなぜアメリカと戦争したのか?

 

対米戦争の原因としてよく挙げられるのがアメリカから受け入れるのが無理な難題を突き付けられたハルノートアメリカ、イギリス、中華民国、オランダが行ったABCDラインによる経済制裁、あるいは東條英機による決定などだが、これらはあくまでも対米戦争に踏み切った最終的な原因である。では、対米戦争をせざるを得なくなった1番の原因はなにか。南部仏印(現在の南ベトナム)への進駐である。

 

ここでおさえておきたいのは、当時、日本の敵はアメリカではなく、ソ連であったということである。しかしながら、のちに日本はソ連と中立条約を結ぶこととなり、アメリカと戦う道を選択することになってしまう。では、なぜ日本はその道を選んだのか。歴史を振り返りながら考察する。

 

 

1931年、日本は中華民国満州事変を行う。この時、参謀長官として指揮を執っていたのが、戦争の神といわれる石原莞爾である。石原により、自作自演の柳条湖事件も行われた。柳条湖で南満州鉄道の線路を自ら爆破し、これを中華民国の仕業にし攻撃を開始した。石原の戦術の特徴が一点突破型である。一点に兵力を集中し勝つ戦法である。この戦法を駆使し、日本の兵力1万に対して25万もあったといわれる中華民国の兵を破り、開戦からわずか5カ月で満州全域を占領し、翌年「満州国」を建国した。そして、満州国の皇帝に満州族であり、清王朝の最期の皇帝であった愛新覚羅溥儀を任命した。満州国の存在は日本とソ連との間の壁として有効な存在であった。そして、満州国を日本の属国とせずに独立国家としたことは国際社会からの非難を浴びないためであった。

 

 

しかしながら、1932年、国際連盟満州国リットン調査団を送り、日本の違法性を調査することとなった。これに対し日本側は不服とし国際連盟を脱退。これにより日本の孤立化が始まっていくのであった。

 

 

1936年(昭和11年)、日本国内では陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らがクーデター未遂事件、いわゆる二・二六事件が起こった。同じ時代、日本は共産主義、つまりソ連に対抗するために日独防共協定を結ぶ。しかしながら、この時期、昭和天皇の弟にあたる秩父宮殿下はドイツのニュルンベルクで直接ヒトラーと会っており、「ヒトラーは信頼できないやつだ。本当にドイツと組んで大丈夫なものか」と裏では心配を抱えていたのだった。

 

翌年、日本の運命を左右することとなる支那事変(盧溝橋事件)が起こった。当時、日本政府はこの戦争はすぐに終わると踏んでいたものの、蒋介石率いる中華民国はなかなか降伏しなかった。その裏には、ドイツとアメリカによる武器の支援があった。特にドイツは軍事顧問団を派遣し、蒋介石に日本と戦うように仕向けるのであった。しかしながら、日本がこのドイツの中華民国支援に気づくのは第二次大戦の後のことであった。

 

結局、アメリカとドイツによる中華民国支援の影響で全面戦争に発展した。この状況に昭和天皇ソ連が同時期に攻めてきたら日本は滅びてしまうと主張し和平交渉を訴え、石原莞爾などの一部の政府の役人もこれに賛同した。

 

しかしながら、1937年(昭和13年)12月13日、ついに南京が陥落。すると、これに欲を出した東條英機などの軍の人間はより多くの都市を陥落させてよりいい条件で和平交渉に持ち込むことを主張し始めた

 

 

一方、この時期、支那事変の戦線拡大に反対しておられた秩父宮殿下が病に倒れてしまう。和平派の大物は石原莞爾しか残っておらず、彼は以下のことを主張したのであった。①中華民国は広すぎるため、この戦争は勝ち目はない。②ソ連と戦うために戦力は使うべきではない。③アメリカ、イギリスと組むべきである。これを北進論という。一方、これに対して、東條英機が唱えたのが南進論であった。この2人の対立が今後の日本の未来を大きく左右していくことになる。

 

1938年(昭和14年)9月1日、ドイツがポーランドに侵攻したことでついに第二次世界大戦が開幕した。同じ年の同じ月、日本の近衛内閣は日独伊三国同盟を結ぶことを閣議決定した。しかしながら、この時も昭和天皇はドイツとイタリアのような国と手を組んで本当に大丈夫なのかと心配していらっしゃったのであった。

 

 

1940年(昭和16年)、日本はインドシナ半島から中華民国アメリカが武器を援助しているこの援蒋ルートを遮断し、アメリカが援助できないようにするために北部仏印に進駐した。戦線を中華民国インドシナ半島に拡大した日本はソ連に対応することはできず、ソ連の心配をしないためにソ連と日ソ中立条約を同年締結した。一方のソ連もこの時期ドイツの脅威にさらされており、日本に対応することは望んでいなかったため、この条約は両国の利害が一致したものとなった。

 

 

そして、日本はついに会戦拠点の確保と南部の資源(主に油田)の確保のために南部仏印に進駐した。これに対し、アメリカは激怒し、7月25日、在米日本人の資産の凍結と石油の対日輸出を禁止する経済制裁を行った。また、ABCDラインによる日本の封じ込めも行われ、日本の孤立化は決定的なものとなった。

 

8月、日本はアメリカと戦うことを決意。これに対し、昭和天皇は戦争ではなく、外交で解決することを求めたのであった。9月、御前会議が行われ、外交か戦争かを決議する。そこで昭和天皇は政府役人や軍の長官などに戦争に勝てる見込みを何度も質問するのであった。

 

また、明治天皇が詠んだ「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ(海は1つしかないのになぜ皆、争うのか)」という御製をお詠みになり、戦争に反対するのであった。しかし、通常、御前会議では天皇に発言権はないため、これは前代未聞のことであった。

 

 

御前会議を経て、和平に賛成する近衛総理と戦争に賛成する東條英機の対立が鮮明化する。当時、閣内の人間を失脚させることはできなかったため、閣内不一致のため近衛内閣は総辞職を選択するのであった。そして、次の総理に東久邇宮殿下を推す声が多かったものの、内大臣であった木戸幸一が「もし、東久邇宮殿下が総理になって、万が一、戦争になり負けた場合、戦争を決定した皇室は廃止となり、日本国民からの恨みも相当なものになり、日本が崩壊してしまう」という理由で反対し、①和平を妥結できる人間。②妥結できなかった場合、戦争を指揮できる人間の2つの条件をもとに、東條英機を推すのであった。そして、過去の総理大臣が出席し、次の総理大臣を決める重臣会議が行われ、東條英機が総理大臣となったのであった。東條はアメリカとの和平交渉に邁進するもアメリカは応じなかった

 

 

1941年(昭和16年)、中国や仏印からの撤兵などを求めたハル・ノートが出される。これらの条件は当時の日本は到底飲むことができなかったため、拒否。アメリカとの戦争は避けられない状況になった。

 

南部仏印から石油を日本に運ぶにはアメリカが抑えていたフィリピンを通る必要があるのでフィリピンを叩く必要がある。フィリピンを叩けばハワイからアメリカの援軍が飛んでくるので、日本はハワイの米軍をあらかじめ叩いておくためにハワイに向けて出撃するのであった。そして、12月8日、日本は真珠湾に攻撃を開始、これにより対米戦争が開戦したのであった。

 

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【前田裕二『人生の勝算』を読んで】絶対につぶれずに大成功する企業をつくることは不可能か? 

 

前田裕二さんの『人生の勝算』を読んだ。

 

人生の勝算 (NewsPicks Book)

人生の勝算 (NewsPicks Book)

 

 

前田さんの日本やアメリカでサラリーマンをされていたときの奮闘記は読み応えがあり、非常に面白かったが、それ以上に次世代のビジネスに関する前田さんの考えが興味深かった。

 

前田さん曰く、次世代のビジネスは人と人とのつながりや絆を活かしたものが主流になるようである。

 

確かに、AKBグループなどの会いにいけるアイドルからはじまり、Youtuber、オンラインサロンなど人とのつながりや楽しい時間、貴重な体験など現在流行っているものをみると可視化できるものでなく、可視化できないものがほとんどである。

 

 そして、そういった人とのつながりや絆を重視したビジネスはコアなファンや固定ファンがつき、一方通行のコミュニケーションではなく、双方向のコミュニケーションができ、より強固な関係を築くことができるので一緒に経営を手伝ってくれたり、問題が起こったときに解決策を考えてくれるなどビジネスを超えた関係になる。

 

その例として、本の中で前田さんはスナックを挙げていた。そして、そのような客と強いつながりを築いているビジネスは絶対につぶれないと言っていた。

 

確かにそうだと思う。

 

コアなファンや常連客が一定数いれば、常に最低限の売り上げは確保できるし、その常連客が自身の子供や孫を連れてきて、彼らが同じように常連客になれば世代を超えて安定した商売をすることができる。ゆえにつぶれない。

 

ただ、果たしてそういった「つぶれないビジネス」は大成功を収めることは可能なのかという疑問が自分の中で起こった。

 

大成功というのはこの場合では例えばトヨタSonyのように莫大な利益を生み出すということである。

 

スナックでは最低限の利益は生み出せるが、莫大な利益は生み出せない。その代わり、小さなコミュニティーの中でビジネスができるので方向性が見えやすく、大勢の客や社員、株主などの声を重視する必要もなく安定した経営ができる。いわば、村社会のようなものである。

 

一方、トヨタは莫大な利益は生み出すが、様々なタイプの客や社会のニーズに応えなければならず、社員や株主など身内の声も聞かなければならない。また、競争相手も意識しなければならない。このように様々なものをケアしなければならないので、長期にわたって安定した経営をするのは難しい。

 

20年前はトップ企業だったもののいまや落ちぶれてしまった企業はやまほどある。

 

では、両方のタイプが同時に成り立つこと、つまり絶対につぶれずに大成功を収めることは可能なのだろうか。

 

 その鍵は以下の4つにあると思う。

 

1、大成功を一度生み出し、その成功が続いている

2、固定客やファンがいて、彼らと双方向のコミュニケーションをとることができる

3、時代の流行に左右されない

4、脅威となる競争相手がいない

 

 この4つを満たしているのは例えばYoutuberだと思う。

 

例えば、HIKAKINさんはすでにYoutubeで大成功を収めていて、個人レベルで莫大な利益を生み出していて、その大成功は今でも続いている。そして、すでに固定のファンがいて彼らとファンフェスタなどでコミュニケーションをとることができる。

また、他のYoutuberはいるもののHIKAKINというキャラクターやコンテンツをファンに提供できるのは彼だけなので脅威となるような競争相手はいない。

 

このように個人や小さなコミュニティーであれば絶対につぶれずに大成功を収めることは可能である。裏を返せば、企業レベルでそれを達成するのは難しい。

 

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最新話「留学は人生の通過点でしかない」(7月30日更新)

 

ハンガリーの国立病院で胃カメラを受けてみた

 

ハンガリーの国立病院で胃カメラを受けました。

 

ちなみに、ハンガリーには国立と私立の2種類の病院があり、私立だとすぐに受けられますが、費用が10万フォリント程度(日本円で約5万円)かかります。

 

一方、国立病院では無料で受けることができますが、常に予約でいっぱいなので2、3か月待たなければなりません。

 

また、国立病院で胃カメラを受けるには自分の住んでいる区のかかりつけの医者の紹介状が必要で、その紹介状を指定された国立病院の受付にもっていき、日にちと時間を指定されるのでその日に行くと受けられるという仕組みです。

 

当日の朝は何も飲んだり食べたりしてはいけないなどのルールは日本と同じです。

 

f:id:Japangary:20190109200406j:plain

 

当日の朝、病院の受付に行き予約した紙を見せると待合室に案内されました。

すでに何人か待っていて、ここで順番が来るまで待ちます。

 

待ってる間に持病はないかや服用している薬はないかなどアンケートを書かされます。ちなみに、僕は英語のアンケートをもらいました。

 

また、お医者さんは英語を話せたので英語でやり取りしました。

 

そして、ついに自分の番が来たので診察室へ。

まずは口の中に麻酔を吹きかけられます。そして、横になり、口に器具をつけられいよいよ胃カメラがスタート。

 

時間にして5分くらいなのですが、永遠と思うほど時間が過ぎるのが長く感じます。

 

そして、終わると待合室で待たされ、5分くらいで結果を教えてもらえます。

 

僕は還流という症状があったので薬をもらい病院をあとにしました。

 

胃カメラは日本でも一度受けたことがあるのですが、何回受けても深いですね。

 

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フランス語のコールセンターでの日々 6日目 僕は同僚や後輩を絶対に助けない!

 

入社から3か月も経つとさすがに仕事には慣れる。

 

パスワード紛失やアカウントのアンロック、メールソフトの不調など問い合わせがある問題の大半は同じものなので素早く対応できるようになり、初めてのケースの場合でもまずは問題の詳細を聞き、相手のパソコンを遠隔操作してスクショを取るなどして報告書に書いて、自分で修理できるときは修理し、できない場合は専門チームに報告書を送るという基本の流れを徹底した。

 

要するに3か月も経つとひとりでたいていのことはできるようになり、完全に会社の戦力になっていた。

 

そんな僕にもいわゆる後輩というものができ、彼らから「〇〇という問題をユーザーが抱えているんですがどうすればいいですか?」などと質問を受けるようになった。

 

しかし、僕は相手が誰であろうと、たとえめっちゃ可愛い後輩であろうと「マネージャーかほかの上司に聞いて」と答え、絶対に答えない。自分の答えが99%の確率で合っているとわかっているときも答えない。

 

理由はシンプルで僕は「他人に対して責任を取りたくない」からだ。

 

もちろん自分の仕事に対する責任はとる。

 

ただ、他人に対しては責任を取りたくない。

 

そもそも僕は自分の知識が100%正しいという自信はない。

その状態で質問に答え、仮にその答えが間違っていた場合、それに従った後輩は間違った対応をすることになる。その間違った対応が大したことでなければいいが、例えばセキュリティー関連の問題に対して間違った対応をして場合は大ごとになる。

 

前回僕はパスワード変更に対するセキュリティーのルールを勘違いして、テストで0点をもらった話を書いた。

japangary.hatenablog.com

 

これは自分の勘違いのせいで自分が0点をもらったわけだからその責任は自分にある。

 

しかし、もしもこれが僕の間違った答えのせいで後輩が0点を取ってしまったらどうだろうか。後輩はおそらく嫌な気持ちになるだろうし、僕自身も申し訳なさでいっぱいになる。

 

だから、僕は質問にはマネージャーやトレーナーなどその部門において完全な人のみが答えるべきだと思っている。もちろん、彼らの答えが間違っている場合もあるだろう。その時は彼らがしっかりと責任を取ればいいだけである。部下の質問に答えるという上司の義務を果たせなかったわけだから。

 

なので、僕は他人に対して責任をとれないし、取りたくないので同僚や後輩からの質問には一切答えないし、同僚や先輩に対して質問をすることもほぼない。必ずマネージャーやトレーナーに聞くようにする。

 

無論、自分以上の責任を取るポジションには就きたくないのでマネージャーからトレーナーポジションへの応募をすすめられても頑なに断っている。

 

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